はじめに
相続した実家を「売りたいのに売れない」という状況は、精神的な負担だけでなく、固定資産税や管理費用という経済的な負担を伴います。特に「共同相続人である親が認知症で手続きが進まない」「建物が古く買い手がつかない」「どの方法を選べばいいか分からない」という悩みを抱える方は少なくありません。本記事では、売れない原因の整理から、買取を活用した早期処分の方法、売却時に使える税金の特例、空き家を放置した場合のリスクまでを解説します。
主なポイント
- 売れない主な原因は3つ: 共同相続人が認知症などで意思確認ができないこと、建物の老朽化、処分方法の選択ミスです。農地を含む場合は、売却に農業委員会の許可が必要になることもあります。
- 早く手放すなら買取: 不動産会社が直接買い取る「買取」は、買主を探す仲介より早く売却できます。一方で、買取価格は仲介で売却した場合より低くなります。
- 税金の特例は期限と要件を確認: 相続した空き家の3,000万円特別控除は、相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの売却などが要件です。相続税の取得費加算の特例とは併用できず、どちらか一方を選びます。
- 放置のリスク: 2023年12月施行の改正空家法により、「管理不全空家」として勧告を受けた場合も、固定資産税の住宅用地特例が解除されるようになりました。
処分方法・相談先の比較表
相続した実家の主な処分方法と相談先を一覧にまとめました。
| 処分方法・相談先 | 特徴 | 費用・価格の考え方 | 注意点 | 向いている状況 |
|---|---|---|---|---|
| 買取(不動産会社が直接購入) | 買主を探す必要がなく、早期に現金化しやすい | 仲介で売却した場合より価格は低くなる | 業者ごとに提示額が異なるため複数社で比較する | 早く処分したい、遠方で管理が難しい |
| 仲介(地元の不動産会社) | 地域の相場や需要を踏まえて買主を探す | 市場価格に近い価格で売れる可能性がある | 成約まで時間がかかる場合がある | 時間をかけてでも高く売りたい |
| 仲介(全国展開の大手不動産会社) | 広域のネットワークで買主を募集できる | 市場価格に近い価格で売れる可能性がある | 買取への対応は会社・店舗によって異なる | 築浅など需要が見込める物件 |
| 有料の引き取りサービス | 売却が難しい土地・建物を事業者が引き取る | 所有者が引取料を支払う。国土交通省の資料では、土地1筆約15万円(2筆目以降5万円)などの料金例が示されている | 宅建業免許の有無、契約内容、所有権移転登記の時期を確認する | 売却が難しく、費用を払ってでも手放したい |
| 相続土地国庫帰属制度 | 相続した土地を国に引き取ってもらう制度 | 審査手数料(1筆1万4,000円)と負担金(原則20万円)が必要 | 建物がある土地は申請できない。標準処理期間は8か月 | 売却も引き取りも難しい土地の最終手段 |
相続した実家が売れない根本原因
1つ目の原因は「意思確認」の問題です。例えば父が亡くなり、母と子が実家を相続するケースで、母が認知症により意思能力を欠いている場合、遺産分割協議や売買契約を有効に行えません。意思能力のない人が結んだ契約は無効と解されているためです(親が認知症になると実家は売れない)。この場合は家庭裁判所に成年後見人の選任を申し立て、後見人が本人に代わって手続きを行うことになります。成年後見人が本人の居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可も必要です(民法859条の3)。手続きに時間がかかるため、その間は売却を進められません。
2つ目は物件そのものの老朽化です。築年数が古く、雨漏りやシロアリ被害がある空き家は、一般の購入希望者にとって魅力が低くなります。大規模なリフォームを前提としないと住めない物件は、仲介では売却が長期化しやすく、その間も固定資産税や管理費用がかかり続けます。
3つ目は処分方法の選択ミスです。「少しでも高く売りたい」という思いから、状態の悪い物件を相場より高い価格で仲介に出し続けると、買い手がつかないまま時間が過ぎていきます。また、相続財産よりも負担が大きい不動産であれば、相続放棄も選択肢になります。相続放棄は、原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があります。
売れない空き家を早期処分する3つの方法と選び方
売れない空き家の処分には、主に3つの選択肢があります。
- 不動産会社による買取: 不動産会社が直接買主となるため、買主を探す期間がかからず、早期に売却できます。その分、買取価格は仲介で売却した場合より低くなります。
- 仲介による市場売却: 不動産会社に媒介を依頼して買主を探します。成約までに時間がかかる場合がありますが、買取より高い価格で売却できる可能性があります。
- 相続土地国庫帰属制度の利用: 相続した土地を国に引き取ってもらう制度です。建物がある土地は申請できないため、解体が必要です。負担金は原則20万円ですが、市街化区域などの一部の宅地は面積に応じて算定され、法務省の資料では100㎡で約55万円、200㎡で約80万円とされています。
選び方の目安として、「時間がかかっても高く売りたい」場合は仲介を、「早く現金化して維持費を止めたい」「遠方に住んでいて管理できない」場合は買取を検討します。売却も国庫帰属も難しい場合は、有料の引き取りサービスという選択肢もあります。ただし、事業者によって料金や条件が大きく異なるため、後述の注意点を確認してください。
買取業者・引き取り事業者の選定基準と価格の比較方法
不動産の買取や引き取りを依頼する際は、まず「宅地建物取引業免許」の有無を確認してください。国土交通省の資料によると、2024年10月時点で調査した引き取りサービス事業者59社のうち、宅建業免許を有していたのは38社(64.4%)で、免許のない事業者が19社(32.2%)ありました。国土交通省は、代金を支払う前に所有権移転登記が済んでいるかを確認すること、費用や引取条件を契約書と照らして確認すること、売却を含む他の方法と比較することなどを注意点として挙げています。
買取を依頼する場合は、1社だけの査定で決めないことが重要です。買取価格は、リフォーム費用や再販の見込みによって業者ごとに異なります。複数社に査定を依頼し、それぞれの提示額とその根拠を比較してください。契約を急がせる業者には注意が必要です。
提示額が妥当かを判断するには、仲介で売却した場合の相場を事前に把握しておくことが有効です。一宮市や名鉄一宮駅周辺など、物件があるエリアの土地取引価格は、国土交通省の「不動産情報ライブラリ」でも調べられます。相場を知っておけば、提示された買取価格が相場に対してどの程度の水準かを判断しやすくなります。
相続不動産売却で活用できる税金特例と注意点
相続した実家を売却する際に検討したい主な特例は以下の2つです。2つは併用できないため、有利な方を選びます。
- 被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除: 譲渡所得から最高3,000万円を控除できます(相続人が3人以上の場合は1人あたり最高2,000万円。2024年1月1日以後の譲渡)。主な要件は、昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること、相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却すること、売却代金が1億円以下であること、耐震基準を満たすか家屋を取り壊すことなどです。2027年12月31日までの譲渡が対象です。
- 相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例: 相続税を納付した人が、相続開始日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで(相続開始から3年10か月以内)に売却した場合、納付した相続税の一部を取得費に加算できます。
どちらの特例も、適用を受けるには売却した年の翌年に確定申告が必要です。要件は細かいため、税務署や税理士に確認しながら、売却スケジュールを逆算して計画してください。
なお、「小規模宅地等の特例」は相続税の計算で使う特例で、一定の要件を満たす被相続人の居住用宅地について、330㎡までの部分の評価額を80%減額できます。売却時の特例ではありませんが、同居していた親族などが適用を受ける場合は相続税の申告期限まで宅地を保有することが要件になるため、申告期限前に売却すると適用を受けられないことがあります。
認知症発症前に実家を処分する予防的アプローチ
親が認知症を発症して意思能力を失うと、親名義の不動産の売却には成年後見制度の利用が必要になり、手続きに時間がかかります。そのため、親が元気なうちに対策を検討しておくことが重要です。
事前対策の一つが「家族信託」です。親が元気なうちに、信頼できる子どもに不動産の管理・処分の権限を託す契約で、親の判断能力が低下した後も、契約の範囲内で子どもが売却などを行えます。成年後見制度では、後見人は本人の財産を守ることを優先して職務を行い、居住用不動産の売却には家庭裁判所の許可も必要なため、家族の意向どおりに売却できるとは限りません。
任意後見契約も選択肢の一つです。将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ自分で後見人を選んでおく契約です。ただし、契約の効力が生じるのは家庭裁判所が任意後見監督人を選任した後です。いずれの方法も、親が意思表示を明確にできるうちにしか契約できません。
親の衰えを感じ始めたら、実家の今後について親と話し合い、地域の実情に詳しい不動産会社や司法書士などの専門家に相談を始めることをおすすめします。
空き家を放置する具体的リスクと改正空家法
空き家を保有し続けるだけで、固定資産税は毎年発生します。住宅が建っている土地には固定資産税の「住宅用地特例」が適用され、200㎡以下の部分(小規模住宅用地)は課税標準が6分の1に軽減されています。建物を解体して更地にするとこの特例が外れるため、土地の固定資産税が増えます。
2023年12月に施行された改正空家法では、これまでの「特定空家」に加えて、放置すれば特定空家になるおそれのある「管理不全空家」が新設されました。市区町村から管理不全空家または特定空家として勧告を受けると、建物が残っていても住宅用地特例が解除されます。小規模住宅用地では軽減前の水準に戻るため、「固定資産税が最大6倍になる」と説明されることが多くあります。
さらに、特定空家として命令を受けても従わない場合は、行政代執行により建物が解体され、その費用を所有者が請求されることがあります。改正法では、緊急時に命令などの手続きを経ずに行える緊急代執行の制度も設けられました。売れないからといって放置することは、税負担の増加だけでなく、行政措置を受けるリスクを高めることにつながります。
まとめ
相続した実家が売れない主な原因は、共同相続人の認知症などによる意思確認の問題、建物の老朽化、処分方法の選択ミスの3つです。早く手放したい場合は、価格が仲介より低くなる点を理解した上で、複数の不動産会社に買取の査定を依頼してください。
放置した場合、管理不全空家や特定空家として勧告を受けると住宅用地特例が解除され、固定資産税の負担が増えます。特定空家の命令に従わない場合は、行政代執行により建物が解体されることもあります。
税金面では、空き家の3,000万円特別控除は相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日まで、取得費加算の特例は相続開始から3年10か月以内の売却が要件です。2つの特例は併用できないため、期限と要件を確認した上で有利な方を選んでください。
古い家屋や農地を含む物件では、一括査定サイトの結果だけで判断せず、地元の空き家事情や法規制に詳しい地域の不動産会社にも相談すると、現実的な選択肢を見つけやすくなります。
よくある質問
相続した実家が売れない主な理由は何ですか?
主な理由は次の3つです。
- 共同相続人の認知症などによる意思確認の問題
- 建物の老朽化や需要不足
- 売却方法の選択ミス
相続人の中に意思能力を欠く人がいると、遺産分割協議や売買契約を有効に行えないため、成年後見人の選任が必要になります。
売れない空き家を早く手放せる買取の特徴は?
不動産会社が直接買主になるため、買主を探す期間がかからず、早期に売却できます。不動産会社が買主となる場合、仲介手数料はかかりません。ただし、買取価格は仲介で売却した場合より低くなるため、価格よりもスピードを重視する場合に適しています。
相続した不動産を売却する際に使える税金の特例は?
主な特例は以下の2つで、併用はできません。
- 被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除(最高3,000万円。相続開始日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの売却などが要件)
- 相続財産を譲渡した場合の取得費加算の特例(相続開始から3年10か月以内の売却が要件)
なお、小規模宅地等の特例は相続税の計算で使う特例で、売却時の特例ではありません。
仲介と買取の違いは?どちらが早く現金化できますか?
買取の方が早く現金化できます。仲介は市場で買主を探すため成約まで時間がかかる場合がありますが、買取は不動産会社が直接購入するため、買主を探す期間がかかりません。市場価格に近い額を狙うなら仲介、早さを優先するなら買取が向いています。
空き家のまま放置するとどのようなリスクがありますか?
固定資産税が毎年発生します。さらに、2023年12月施行の改正空家法により、管理不全空家や特定空家として勧告を受けると住宅用地特例が解除され、土地の固定資産税が増えます。特定空家として命令を受けても従わない場合は、行政代執行により建物が解体され、費用を請求されることがあります。
空き家の引き取り事業者は安全ですか?
事業者によって異なります。国土交通省の資料では、2024年10月時点で調査した引き取りサービス事業者59社のうち、宅建業免許のない事業者が19社(32.2%)ありました。依頼する際は宅建業免許の有無を確認し、代金を支払う前に所有権移転登記が済んでいるか、費用や引取条件が契約書と一致しているかを確認してください。
Sources
- 「親が認知症になると実家は売れない」不動産の相談現場で見てきた現実|空き家と相続の実務家 近藤敏邦 - note.com
- No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例|国税庁 - www.nta.go.jp
- 不動産の「引取サービス」について|国土交通省 - www.mlit.go.jp
- 相続土地国庫帰属制度について|法務省 - www.moj.go.jp
- 相続土地国庫帰属制度|名古屋法務局 - houmukyoku.moj.go.jp
- 空家等対策の推進に関する特別措置法の一部を改正する法律の概要|国土交通省 - www.kkr.mlit.go.jp
- 空き家対策特別措置法とは?令和5年改正のポイントと固定資産税6倍リスクを解説 - www.akisapo.jp
